顧客創造、ドラッカーの言う企業の目的です。あと顧客維持もあるんですけど、いちおう顧客創造を中心に考えてみます。顧客なのですが、「a」をつけることで顧客それぞれという個体を意味することになるので、顧客という会社や組織、親会社と子会社、個人事業主と法人、代表取締役社長と平取締役、部長と課長、平社員と管理職、顧客主体でみた場合と役職単位でみた場合、さらに性別や学歴に社歴などあらゆることが異なってくるので多くの関連性があって、それがまた刻一刻と状況変化の中でニーズがかわるわけです。
英語にするとようやくハッと言語化できました。業界が同じ業種が同じでも、1つとして一緒の顧客がないからこそ、自社でできる価値が生まれる、そんな感じです。営業活動をするとこのような差異によって違いがわかりますし、大元は企業に価値を提供し貢献することに尽きるのですが、説明時には顧客に当然あわせるわけなので。顧客目線でいえば郷に入っては郷に従う、和歌山県で標準語で話すると毛嫌いされるというのと全く同じです。
そんなわけで、採用なんかでもこの顧客創造という意識があまりない方も増えたのか、そういう人しか来ないのか、思うことはあります。採用で面談しているといろんな話に飛びますが、これは最近よく感じる傾向なのですけど、会社と学校で学ぶことと本当に離れている、乖離しているという感覚です。
専門学校や高校大学なんかも少子化の影響もあるので変化が生まれてきているのはわかっているのですけど、社会の荒波に揉まれていない学生が多い感じはしています。こんなこと書くと強烈な老害な感じもしますけど、それだけ多くの経験を積んだことと、それだけ多くの損害であったり被害を繰り返してきたわけで、採用時に面接者にさりげなく年齢などの話を聞くと親の年齢のほうが自分に近いわけなので、自分くらいの年齢の親感覚だと強烈な指導を受けた分、教育に関してはそういうのは少し控えめになる感覚も強くわかるわけです。
「勉強しています」「勉強させてほしいです」など言われると強烈な違和感を感じますし、会社としては顧客に価値を提供することを土台として事業を発展成長させたいことが中心にあるのですが、当然スタッフになればその価値を共有しながら勤勉に努めてほしいなのですが、「土日も勉強したほうがいいのですか?」とか聞かれると、学校の延長線上でも何でもないんだけどという感触と、たぶん「いいと思いますよ」と言ってもしないと思います。これは偏見でもあるし経験則ですが、自分が未熟と思う謙虚な人なら自分の時間を少しでも学びに繋げるはず、という自分の経験や価値観があるわけです。
会社を顧客として考えれば、決してこんなこと聞かないですし顧客側とした場合には聞かれた瞬間に「1人雇用して1年継続で数百万の買い物になるんだけど、だめだこりゃ」と思います。顧客創造と言いますが、逆に顧客側に価値を提供できなければ顧客から契約破棄を言われる立場、常に厳しい立場を認識することは常に大事です。