他社はうまくできなかったが、わが社はさしたる苦労なしにできたものは何かを問わなければならない。同時に、他社はさしたる苦労なしにできたが、わが社はうまくできなかったものは何かを問わなければならない。 かのドラッカーの有名な言葉です。これは自分の強みにあてはめても基本合っています、と思います。人は苦労するけど自分はあまり苦労しない、という事項は何なのかを理解すること、です。
仕事柄いろんな業務があるのですが、センター試験受けた時から英国社数理の5科目勉強すれば国語だけでも現代文に古典に漢文、なのでマルチタスクもまあまあ何とかこなすものだし、こなすことが基本大切と思ってますしこなすためには時間が最大の資源とも思って過ごしているのでこの辺は自分が勝手に理解する中でいえば、長所なのでしょう。あとは、試験不合格過ぎて人から低評価を数年間継続して受けているので、人が何を言おうが低評価を行おうが悪い意味でもいい意味でも「打たれ慣れ」してる部分なんかも長所、と感じます。
そうは言っても顧客評価が高いと継続取引になるので、世間や周囲は知らないが顧客には満足してもらうという基本部分だけは全くぶれない、こんなところもあります。さらに顧客満足のためには汗あくことも時間使うこともそんな苦痛でもないというのもあります。技術や知識が価値とすれば、その技術や知識を自分で得る活動も特段苦痛ではない、のも苦労なくできます。という自分からすれば「基本自分の利益以外、顧客の価値やチームの価値に興味なく、自分以外に興味なさそう」 な人に接することもありますが、職業柄で同じことしてるとすごく限界を感じます。
プライドが高くてずっと愛されて育ってきて、低評価を面と向かって言われ否定されたことがなくて、根本が自分が正しいと思っているので悪意を持たずに周囲に大きな迷惑をかけて振り回す、というようなケースだと、仕事柄経営者は人を見抜く力が大きいのですぐに「バッター交代」になるんです。単純に居酒屋バイトしてて明るく元気だから仕事できるわけでもないけど、基本自分しか興味ないような、企業も顧客も担当者も興味ない場合にはまた難しく、他社がやらないことも必死にやるからこそ価値が生まれると思わず、定時終了を待ち望んでるような仕事ぶりだとなかなか難しいのです。
低評価を受けること、は決して悪いことではなく、高評価との差異を自覚できる機会であって、『甘言耳に快く、諫言耳に痛し』 というのは正にこれだと思います。
経営は数字なので、目標未到達や赤字の場合にはそれは主観客観関係なく低評価である、自販機も売れなければ交換や撤退するだけ、経営は常に数字で評価をうけ数字にさらされるものです。