大阪駅ではやしきたかじんさんの「やっぱ好きやねん」が電車発車時の曲になってまして、この曲聞いたら大阪駅って感じするのですが、たかじんさんはもう亡くなってて2014年なのでもう8年も経ちます。
坊主にたかじんの歌を聞かせて覚えさせて、桜ノ宮や天満の曲は大塚愛とかaikoなどだとこれもユーチューブで教えたら子供はすぐに覚えるものです。
ただ、たかじんさんはもう亡くなってるんやで、と説明すると何気に
「みんなお花とかあげたん?」と聞いてきたので、人が死ぬと別れ惜しさにお花を持って献花に行くものだとちょっと認識しているようです、親戚や友達などのまだ本当に身近な人や素直なのでそういうものみたいで、この前に大和西大寺まで献花に連れて行ったから覚えているようです。
何でなのか?はわからないことだらけなのがこの社会ですが。
日々生きているだけでも理由がわからないことは多々あります、仕事柄でいえば営業職だったり採用なんかも同じであって、だめな理由を教えてくれないし「前向きに検討します」など言われることが最もうまくいかないので「前向きに検討します」を言わさないようにタイミングを封じる必要があるのですが、こういう感覚は研ぎ澄まされるには本当に経験と時間がかかるように思います、安倍さんも自民政権が陥落したときに多くを学んだでしょうし、なぜ政権奪回できたのかはその際の課題抽出や発見があったからに違いありません。
自問自答をしていけば答えは自ずから出てきます。「なぜ営業でい上手くいかないのか」などは当たり前ですが、「なぜ自分は信頼され仕事を任せてもらえないのか」とか「なぜ昇給昇格できないのか」、なんかもそうです。そう考えると営業なら顧客、昇給昇格なら上司が評価してないわけでそれは態度や発言、行動に起因しています。またそのことを正しく指摘も受けれてない態度も問題なのです、こいつに何か言っても無駄だしなあ、と思われると何も言ってくれませんので。
営業活動がいいと思うのは、答えがない中を探すことに長けてくるからです。ググってわかるものでない、ただ糸口はあるというものを気付かせてもらえるからです。こういうのは順風満帆な人生を過ごすとまず気付けないですし、みんな大人なので多少苦々しく思っても決して口に出さない、これってすごく怖いことと思うのです、正解を知ることが出来ないことは思考が深まる理由はここにあります。
人並に就職活動で辛酸をなめ、人並に営業活動で辛酸をなめ、人並に採用する側になっても辛酸をなめ、人並に組織や社員などに対しても辛酸をなめ、ひょっとして人並以上の気もしますがそれは思考が深まるからいいのです。
アホ!バカ!言われるうちが華です。