「難波津に咲くや木花冬ごもり」
大阪には、難波、浪花、浪華、浪速、となにわの言葉を表す漢字がたくさんありまして、全部水を意味する言葉だらけなのですが、地名を見ても、高津宮があるすぐ近くには「四天王寺前夕陽丘」と夕陽が見える丘だったのがこの夕陽丘の場所だったりします。南森町も森も何もないのですが、このあたりは浜辺だったようでその南側に森が多くある場所だったから「南森町」とかだそうで。
咲くやこの花、と聞くと鶴見緑地を思い出すのですが、咲くやこの花高等学校という高校がちょっと前にできたり、など知名度的にも固有名詞として有名になってきています。
ちなみに、このはなは此花区、木花、など言い方あるのですが、木=梅の花のようです(諸説あり)。こうなると、紀州の梅花や梅の日は6月6日であって自社の設立も6月6日であったりなど縁をいろんな意味で感じるものなのです、強引なのですが。
1000年以上前の歌が今も残るということは、伝わることと伝えることの両方がないと衰退しますから、短歌の力はすごいものだと難波津あたり高津あたりや上汐公園あたりを自転車こいでるとそんなことをなんか思ったりします、大阪だけでもまだまだ知らないことだらけです。高雄山もそうですが、歌になると覚えやすく残るもの、写真の高雄山は霧で下界が何も見えない中のぼってやった写真で滅多に見れないものです。霧を突っ切って上る阿呆はそうおられないので。