闘鶏神社のとなり、公園のあるところにひときわ大きい石碑がありますがこれが忠魂碑です。昭和、平成、令和になろうとも、戦争の悲惨さや平和の実現を願わなくてはいけません。ちょっと時間あって闘鶏神社あたりを歩くと小さい時には気付かなかったたくさんの発見がありまして、こういうちょっとした散歩でも多くのことを気付けます。
ここ田辺市でも戦没者1577柱、多くの方が犠牲になりましたし、今の田辺市の人口は7万人くらいなので比率から考えてもすごい多さです。先人があってこその今の自分たちがあることを常に思いながら、日々笑顔で難関な仕事やハードワークに取り組みたいと、思います。
ちなみに日清戦争、日露戦争が忠魂碑、それ以降の太平洋戦争などは慰霊碑になります、龍神にはアメリカ飛行機パイロットの慰霊碑がありますがそれはまた今度。
芳養の芳養八幡神社にも忠魂碑があったような記憶が。
場所はとうけい公園、遊具やトイレや1200年のオオグスがあるあの場所です。